地球を守るリテラシー、モラルである「環境倫理」を理解しよう!

地球を守るリテラシー、モラルである「環境倫理」を理解しよう!

皆さんは「環境倫理」という言葉をご存知でしょうか?環境倫理とは、地球環境問題に対して倫理学的観点から考察することで、環境に関する行動の根拠となる考え方を育てます。

例えば、人と人のコミュニケーションにはモラルがありますよね。家庭、友人、先輩、後輩、様々な人間関係によって、適したモラルがあります。もちろん、モラルの内容には個人差がありますが、一般的に人と人のコミュニケーションは「モラルを持って接するべき」という前提があるかと思います。

しかし、これが「環境と人」になると、倫理的な問題を日頃から考えている人はかなり少なくなってくるのではないでしょうか?住環境などの日常と関係がしている環境についての倫理観は考えていても、もっと広義な「地球という環境」について、常に意識し、価値観を持ち、行動することはしていない…

そこで、今回は、地球環境問題と向き合ううえで、大事な考え方を与えてくれる環境倫理について掘り下げていきたいと思います。

環境倫理の定番思想

環境倫理にはベーシックとなっている考え方が幾つかあり、代表的なものに「自然の生存権」「世代間倫理」「地球有限主義」というものがあります。

自然の生存権

例えば、皆さんが街で歩いていて、人が倒れていたら「助けなきゃ」と思いますよね。「自然の生存権」とは、人ではなく自然もある環境で倒れそうになっていたら、人間が自然を守る義務を持とうという考え方です、

人間だけでなく自然も生存の権利を持つ考え方を培うことができれば、「自然と人間の共生」のパフォーマンスも高くなります。自然の生存権は、自然の権利を強く主張する考え方をある程度抑制したもので、考え方としては、行き過ぎた自然中心主義ではなくあくまで共存・共生を念頭に置いています。

世代間倫理

複雑で多様でスピーディーな現代。今を生きることだけでも必死で、今のことしか考える余白がないかもしれませんが、地球環境は「持続可能性」の考えに重点がフォーカスされますよね。持続可能な地球環境とは、言わば、未来の世代の豊かな生活が持続可能になるということです。

世代間凛とは、現在を生きている世代は、未来を生きる世代の生存可能性に対して責任があるという考え方です。また、「良い世代」「悪い世代」があっては、切ないですよね。この世代に生きた人たちは「時代が悪かった」と言われたら、悲しくなりませんか?このことから世代間倫理は世代間に横たわる不均衡を調整するという意味で「世代倫理論」「世代間調整」とも呼ばれます。

「現在世代の未来世代への責任」は、未来の世代のイメージを具体的に持つことが大切ですよね。世代間倫理は、現在を生きている人類が、環境問題の解決に当たって、先延ばしせず責任を持って行動するための根拠となり、環境をよりよくする倫理なのです。少子化が進む日本では、未来の世代が高いパフォーマンスを出すことが国の豊かさに繋がってきますから、世代間倫理の考え方は非常に重要になると言えます。

地球有限主義

個人の視点から地球を捉えた場合、地球って壮大で「限りない」印象がありますよね。でも、地球だって有限です。摩耗してしまえば、人類は地球以外のスペースを探す必要すら出てきます。

地球有限主義とは、他の目的よりも有限な地球環境を守ることを優先する、生態系や地球資源を軸に物事を考える、といった考え方になります。他の目的というのは、快適な生活、経済的利益、健康、幸福など、人類にとっての利益になります。

人間にとっての利益と地球資源のバランスはこれから先もずっと議論されることでしょう。再生可能エネルギーのように、人間にとっての利益追求が地球のバランスを保つことになるシステムを作っていくことが大切になっていくでしょう。

今後はロボットや人口知能にも環境倫理が適用される?

AIが発達して、介護ロボットや無人コンビニエンスストアなどが登場し、自然、人間に加えて、ロボットが環境の中に登場してくると、ロボットに対する倫理というのも登場してくるはずです。

生命倫理はしばしば人間の生命に人間的生命倫理、さらには人間の医療に関する医療倫理に限定されてますが、生命倫理の対象がこれからは人間以外の生命体にも拡張すると言えます。人工知能やロボットに関していえば、そもそも人工知能やロボットは命を持った存在なのか、命を持ったと定義するのであれば、それは何をもって命を持っているのか、そういった議論が行われていく時代に突入していく可能性があるのです。

そうった意味では、環境倫理を生命倫理と一緒に学ぶといいかもしれません。

私たちの身近な環境倫理「人口爆発」について

私たちの身近な環境倫理として、人口爆発が挙げられます。
人口爆発の環境対策は、人口を減らすしかありません。もしくは、人口が増えるペースを減らすしかありません。それは、命に対して操作を加えることですよね。

果たして人口抑制を人為的にやってよいのでしょうか?すでに行われている中国における「一人っ子政策」のようなものを、全世界的規模で行わなければならないという主張に対して、どのような事が考えられるでしょうか。

人口爆発国における人工妊娠中絶を、それ以外の国での中絶手術と区別しても良い、という主張など、様々な人が様々な倫理を考えることになるでしょう。人口爆発の倫理観に関しては、生命倫理に含まれますが、人口爆発そのものは環境問題になります。また、環境問題における動物の個体数に関する操作についても、環境倫理で問われる内容になります。

最後に

以上、今回は環境倫理について触れてきましたが、いかがだったでしょうか?
環境倫理に関しては、選挙の意識と似ている部分があるかもしれません。
「投票しても意味がない」から「選挙に行かない」。
でも、本来は「一人一人が選挙に行かない」から「結果が動かない」のです。

個人として考えれば、ほんの小さな点で、それは無力に思えることかもしれませんが、その点が然るべき動きをすることで、全体が変わっていくのです。

今回の環境倫理を通して、地球環境についても、自分自身の身近な問題として、考えるきっかけになってもらえたらと思います。

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