循環型社会を考えるうえで大事なリテラシー

循環型社会とは、簡単に言えば、有限な資源から生産、製造、流通、消費、廃棄、償却、処分などを巡り巡らせる社会のことです。
有限な資源がずっと巡り巡るわけですから、持続可能な社会が実現できるわけです。
ちなみに、私たちがよく使う「リサイクル」という言葉。
これは、日本語にすると「再循環」。循環型社会とはまさにあらゆる物事がリサイクル可能になる社会のことだと言えるでしょう。
(1)森林から、紙を製造し、使用し、廃棄し、新たな森林から紙を作り続ける。
(2)森林から、紙を製造し、使用し、回収し、処理し、再製造し続ける。
この二つを比べた時に、(1)は枯渇に繋がりますよね。一方、(2)はきちんと循環していますよね。
しかし、循環型社会をきちんと考えるには、もっと慎重な多くの視点が必要になります。そこで、今回は、循環型社会を考えるうえで大事なリテラシーについて掘り下げていきたいと思います。
小さき規模から大きな規模まで循環しているか?
1つの資源を循環させるといっても、その資源は空間を大きく移動することもあります。循環型社会では…
・世界レベル
・国レベル
・都市レベル
・地域レベル
・家庭レベル
各規模で行う活動が与える環境への影響がきちんと紐づく必要があります。このような考えは、「自分の家ではごみはゴミ箱に入れるけど、公園ではゴミをポイ捨てする」だとか、「自国に居る時はゴミの分別はするけど、外国では好き勝手にゴミを捨てる」といったような態度変容を失くすことに繋がります。
一人ひとりの意識が変わることは、環境問題解決のもっとも土台となる部分です。一人ひとりのごみの分別の意識が徹底されれば、科学技術を駆使して焼却や埋め立てに関する新しい機械を作る必要がなくなるかもしれません。
環境問題を複雑している根本は環境に対する「意識」。循環型社会を作り上げるには、
世界、国、都市、地域、家庭のミクロな視点とマクロな視点を紐づけていく感覚が大切なのです。
再生課程での「環境負荷」を考えよう
循環型社会で重要になるのが「省」と「創」。例えば、ごみの分別のシステムを向上させるのはいいことですが、そのシステムを作るのに、ある燃料や原料が枯渇しまうと、新たな環境問題がやってきます。それでは循環型とは言えませんよね。
環境負荷とは多面的で、1つの改善措置が他の要素に何もマイナスを与えないということの方が、珍しいかもしれせん。
常に環境を「対」で考える視点がよりよい循環型社会を作り出すと言えるでしょう。
正しい情報を知る、開示させる社会に
循環型社会とは、物事を循環させていくわけですから、1つ1つの繋がりがより大事になっていきます。そのためにも、環境に関して、国や企業や自治体が情報戦を繰り広げないことが非常に重要なります。
私たちが正しい情報を知ることに敏感になり、情報がオープンになっている社会が心にも良い循環を作ります。情報の流れをクリーンにすることも、循環型社会の一助になるのです。
大量生産、大量消費、大量廃棄で回る経済からの脱却
循環型社会を一番に遠ざけるのが、循環できない廃棄物をたくさん産むこと。とはいっても、私たちの経済は大量生産と大量消費を繰り返すことで成り立っていると言っても過言ではありません。特に一度消費したものが循環的に使い続けられる資産にあり過ぎると、企業は循環型社会への大きな貢献度とは真逆のマイナスを喰らってしまう可能性もあります。
物を売るという経済システムを変えることを変え、使うということにフォーカスするのも重要です。月額制、定額制はその1つと言えます。また、ベーシックインカムなど、個人において常に一定の生活を保てる基盤が導入されれば、循環型社会へ適した生産、消費、廃棄の仕組みが出来上がっていくと言えます。
最後に
以上、循環型社会を考えるうえで大事なリテラシーについてお話してきました。循環型環境へシフトすることは良いことですが、大きく変えすぎると、「突発的で強制的な痛手を受ける人」の変化も激しくなります。
痛み分けは必至ですから、社会が変わっていくペースと言うのも非常に重要になります。ぜひ、今回の記事も参考にしてみて下さい。
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